【早春の天理旅行】古代豪族の里をめぐる歴史深訪ツアー(その2)

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天理市のふるさと納税の返礼品である「古代豪族の里をめぐる歴史深訪ツアー」の続きです。後半はワニ(和爾)氏に関係する地域の古墳を訪ねました。

前半の物部氏エリアの史跡深訪の記事はこちら。

ふるさと納税で、奈良県天理市が返礼品に「歴史探訪ツアー」を企画して、今回が3回目になるそうです。特産品を返礼品として送る自治体が多い中、古い史跡を多数持つとい...

東大寺山古墳

4世紀に築造された前方後円墳で、重要な遺物が多数出土しています。この丘陵地が中世は東大寺の所領であったことから、通称「東大寺山」と呼ばれているのだそうです。丘陵の西端に古墳があります。

良く手入れされた竹林の中、墳丘を登っていきます。歩きやすく整備されてはいますが、結構な斜面なので日頃の運動不足が身に沁みます(^-^;

少々息を切らして着いた後円部の頂上。付近は竹が伐採されて空き地になっています。

このあたりから、武器・武具・石製品・玉類などの多数の副葬品が出土しました。また東側では、円筒埴輪が100個体ほど見つかっています。1961年に発掘された後、出土品のほとんどを国が管理することになり、その後東京国立博物館に管理換えされるようになりました。なので、地元の天理にもいくつか発掘品は残っていますが、重要な遺物の大半は東京にあるのです。

 

2017年に発掘品の一部が国宝指定されました。特に注目なのは『金錯銘花形飾環頭大刀(きんさくめいはながたかざりかんとうたち)』とよばれる刀で、24文字の金象嵌の銘文があります。ここから、この刀が2世紀後半に中国大陸で造られたと推定されています。4世紀の古墳から2世紀後半の大陸から来た刀が見つかるなんて・・・まさに歴史を感じます。

この刀が国宝指定されたので、この古墳のある地元の小学校から天理市の文化財課に講演依頼がきたので、小学校でいろいろお話ししたのだそうです。ただ、実物は天理には無いので、東京に見に行ってくださいと・・・。

地元を本拠地にしていた豪族の墓からの出土品なのに地元民が見ることが出来ないって、なんとなくモヤモヤしたものを感じてしまいました。せめて奈良国立博物館所蔵にならないものでしょうか。東博に所蔵されていることで、首都圏在住の私としてはその恩恵に与ってはいますが・・・。

東大寺古墳の出土品が国宝指定された記事はこちらでどうぞ。

トーハク考古ファンの皆さま、ニュースです! 今年、トーハクの古墳時代の作品に関連して、いくつか記念すべきことがございました。 まず、トーハク所蔵の東京都野毛大...

離れて見た東大寺山古墳。

<寄り道>和爾下神社と和爾下神社古墳

少し時間が余ったので、すぐ近所にある和爾下神社へと行きました。神社の参道はなかなかに急な上り階段・・・。

階段を登りきると、和爾下神社の拝殿が目の前に現れます。

本殿(重要文化財)がこの奥にあるのですが、残念ながら非公開になっています。

この神社は面白いことに、和爾下神社古墳という前方後円墳の後円部に鎮座しています。神社があるという特性ゆえか、古墳についてはあまり調査していないそうで、昭和59年の防災工事に伴う調査で1基の埴輪円筒棺が出土し、これから古墳築造の時期は4世紀末~5世紀初頭と推定されています。東大寺山古墳群を構成するひとつでもあります。神社の廻りは鬱蒼とした木に覆われていました。

 

赤土山古墳

東大寺山丘陵の上に立地する前方後円墳で、古墳時代前期後半頃築造されたと推定されます。1992年には国史跡に指定され、整備されて2009年度に一般公開されています。

 

後円部頂上から前方部を見たところ。この古墳は最初は前方後方墳と思われていたのが、実は古墳築造後に地震によると思われる地滑りで滑落崖ができたために、古墳の形を誤認していたことが判明したのだそうです。地震考古学のお手本(?)のような事例です。

また、地滑りにより後円部墳頂にあった埴輪列が、後円部南側斜面に滑り落ちて大量の土砂に埋まり、埴輪全体の姿が保存されて見つかったのだそうです。何が幸いするかわからないものですね。

名阪国道側は遠くに街並みが見えますが、それ以外はシャープの総合開発センターと住宅地が広がっています。

 

こちらは天理市のサイトにあった画像をお借りしました。この古墳の周りは民家や建物に囲まれています。史跡として残ったのは幸運だったかもしれません。

こちらには出土した埴輪のレプリカが展示されています。「造り出し」(儀式を行う場所と考えられている)の南側で見つかった家形埴輪の配列を現地に復元しています。

沢山の家形埴輪を並べた祭祀遺構の復元。

家形埴輪は、屋根を茅葺きや藁ぶきのように表現しています。また壁に窓と入口がある住居や、壁と入口だけの倉庫、床を高くした高床式建物などの家形埴輪もあります。

鳥形埴輪は台と足だけが出土したのですが、その足の形が他の遺跡から出た鳥形と類似していたため、その形を参考にしてレプリカを作成したのだとか。

東大寺古墳群移築石室

最後に行ったのはシャープの敷地内に移築保存されている横穴式石室です。東大寺古墳群の東側が、シャープの開発事業で消失することになったため、その一部分をこちらに移築したものだそうです。

現在地はこちら。古墳群の東側にシャープの建物がドーンと建っているのがわかります。

これで、全部のスケジュールが終了しました。実に充実した1日でした。天理市文化財課の皆さん、ありがとうございました!!

 お土産をいただきました

「画文帯神獣鏡」です。直径5.5センチ程度の小さいものですが、なかなかずっしりとした重量感があります。それに表面の模様がものすごく綺麗です。鋳造体験で作成したものだそうです。お土産としていただきました!

 

それでは!

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