【岡本哲志先生と歩く掘割跡<2>】茅場町~八丁堀近く(その1)

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「岡本先生と歩く掘割跡」の2回目の講座です。今回は茅場町を起点として八丁堀までを歩きました。(講座申込時の予定ルートとは少々変更となっています)
心配していたお天気もまあまあで、風がちょっと強かったですが暑すぎず寒すぎずの街歩き日和でした。

前回参加した講座(1回目)はこちらの記事をどうぞ。

農業環境関連の社会人向けの生涯学習を企画運営している「田舎の学校」が、春と秋に主催している東京の街歩き講座に参加してきました。講師は都市形成史の研究者である...

今回は新川跡と越前堀跡を中心に掘割を歩きました。経路は下の地図の赤点線になります。グレーの太線で囲まれているのがかつてあった掘割です。(私が書いた字は気にしないで下さい(^^;)

東京メトロ東西線茅場町駅からスタートです。兜町に隣接するため証券会社が数多くあるオフィス街ですが、さすがに休日は閑散としています。
 

日本橋日枝神社

ビルの間を抜けていくとあったのは「智泉院」。元々、日本橋日枝神社の別当寺だったのが、明治初年の神仏分離令で独立したものです。

智泉院のすぐ隣には日本橋日枝神社があります。智泉院からだとちょうど裏門から入るようになります。下の画像が表の参道から入ったところにある鳥居です。境内は大木もあり、都会の中のちょっとしたオアシスといった風情です。

この神社は永田町にある日枝神社の摂社(本社に付属その祭神と縁の深い神を祭った社)にあたり、山王祭にはこの神社の周辺も祭礼行列が練り歩きます。(2018年は6月8日に祭礼行列があります。詳細はこちらからどうぞ。)

ビルとビルの間の参道。我々がワイワイと群れている横を、自転車に乗った男性が神社に会釈して通り過ぎて行きました。

都会のオアシスからコンクリート砂漠に戻り、しばらく永代通り沿いを歩くと霊岸橋があります。

霊岸橋の下を流れる亀島川は日本橋川から分岐して、途中をくの字に曲がって隅田川に合流しています。

霊岸橋から見て左岸、白っぽいビルとお店らしき建物の間あたりが、かつての新川の堀留めになります。新川は1949年(昭和24年)に埋め立てられました。

霊岸橋反対側にある日本橋水門。ここで日本橋川から亀島川が分岐しています。

霊岸橋を渡ってから2本目の道を曲がります。2本目と3本目の道は江戸時代からあります。(1本目の道は戦後のもの)

2本目の道の奥の角を曲がると、霊岸橋から3本目の道と合流します。この先の道路がかつて一之橋が架かっていた場所です。

新川が埋め立てられた跡に建ったビル。往時の面影はまったくありません。

水辺があった頃の写真は京橋図書館のサイト・地域資料室で見られます。この写真は一之橋から二之橋(新川橋)方面を見たところです。

新川跡を辿って少し歩くと見えてくる「新川大神宮」。江戸酒問屋の守護神社です。1657年の明暦の大火でこの場所に移ってきました。新川近辺は酒問屋が集まって栄えていたことで有名です。

二の鳥居の先にあるのが社殿です。境内はちょうど八重桜が綺麗に咲いていました。
 

新川跡に戻ります。この先は二之橋(新川橋)があった場所になります。道路がやや坂になっていて、かつて橋があったのを物語っています。

越前堀跡

新川跡を離れて越前堀跡に来ました。越前堀とは、江戸時代初期に福井藩主松平越前守の屋敷周辺に掘られていたコの字型の堀(水路)のことです。
 

この公園の片隅には、かつて越前堀の護岸に用いられた「石垣石」の一部が展示されています。平成18年の遺跡発掘作業で見つかったものです。

説明板を読まなければ、ただの石のオブジェくらいにしか見えません。

こちらが越前堀の石垣石を紹介している説明板。

地図の部分のアップ。コの字型をしていた越前堀は、明治初期から宅地化や道路用地として段階的に埋め立てられ、関東大震災後に北側の堀が全部埋められ、南側に残った入堀も中央大橋の架設に伴い八重洲通りとして消滅しました。公園に展示してある石垣石が出土したのは、その八重洲通り沿いのようです。

京橋図書館の地域資料室に、最後の入堀があったころの越前堀の画像があります。昭和の中頃にはこんな風景があったんですね。現在の風景からは想像ができませんが。

ほかにも、石の由来についての説明板がありました。

石垣石の後ろには「霊巌島の碑」と霊巌島の由来が書かれた説明板がありました。越前堀も霊巌島もかつては町名として存在していましたが、昭和46年に新川1丁目・2丁目と改称されて、古い町名は消滅してしまっています。
 

公園を出て、かつての越前堀に囲まれた中を歩いて行きます。記事が長くなるので、ひとまずこのへんで。

このあとは(その2)に続きます。

だいぶどころでなく、とんでもなく間があいてしまいましたが( 一一)  『岡本先生と歩く掘割跡「茅場町~八丁堀」』の続きです。そもそも(その1)っていったなんのこと...

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