「京都・醍醐寺 真言密教の宇宙」ーサントリー美術館

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サントリー美術館で開催中の「京都・醍醐寺 真言密教の宇宙」を見てきました。

密教の二大流派

この春にも密教美術の展覧会をみました。

上野の東京国立博物館で開催している「仁和寺と御室派のみほとけ」を見に行きました。1月半ばから開催していましたが、葛井寺の千手観音が見たくて展示替え後の2月半ば...

ではでは仁和寺と醍醐寺の違いは・・・?

空海の密教の実修面は実慧(じちえ)・真紹(しんしょう)・宗叡(しゅえい)に、他方は真雅(しんが)・真然(しんぜん)にと伝わり、これらの流れは源仁(げんにん)によって統合された。源仁門下に益信(やくしん)・聖宝(しょうぼう)が出て、益信の法流は宇多(うだ)法皇・寛空(かんくう)・寛朝に伝えられ、寛朝は京都・広沢(ひろさわ)に遍照寺(へんじょうじ)を建立して広沢流の祖となる。これは仁和(にんな)寺系の東密である。聖宝の流れは仁海(にんがい)が京都・小野に曼荼羅寺(まんだらじ)を建立して小野流の祖となる。これは醍醐(だいご)寺系の東密である。これらを野沢(やたく)二流といい、それぞれ六派に分かれたので野沢根本十二流という。その後、小野流に二十派、広沢流に四派が分流したので、鎌倉時代には東密三十六流とよばれた。このほか、高野山には中院流、持明院(じみょういん)流があり、総じて七十余流になった。
(日本大百科全書(ニッポニカ)より抜粋)

真言密教には大きく二つの流派があり、片方が仁和寺系でもう片方が醍醐寺系なんですね。
醍醐寺は京都市伏見区の山科盆地にあり、その広大な境内は大きく上醍醐と下醍醐に分かれています。大抵の人は下醍醐を参観するだけなのですが、上醍醐には創建当時の面影を残す建物が点在しています。ただし、下醍醐から上醍醐までは徒歩1時間! はかかるので、行く前に体力をつけておきましょう・・・(^^ゞ

(以下、画像はポストカードより)

薬師如来と如意輪観音

国宝「薬師如来坐像」は両脇侍像を従えて鎮座ましましていました。非常に男性的で、ややもすればいかつさすら感じられるお顔ですが、そのぶんちょっとやそっとでは動じないような安定感や頼もしさもあります。仏像でこんな印象を持つのも珍しいです。平安時代 10世紀頃の作です。

そしてこちらは重要文化財「如意輪観音坐像」です。薬師如来と対照的な優美さと美しさ。片膝たててさらに肘をついて、瞑想中か、はてまた退屈しているのか。美形はどんな姿でもサマになってしまうのですねえ。こちらも平安時代 10世紀頃の作です。

快慶の不動明王

個人的なお目当ては、快慶作「不動明王坐像」です。奈良博での「快慶展」でも見ましたが、またまた会えました。不動明王の忿怒相も快慶にかかるとこんなに端正な造形になります。鎌倉時代 建仁3年(1203年)の作です。

他にも、醍醐といえば秀吉の醍醐の花見ということで、それにちなんだ展示品もあり、なかなか見どころの多い展覧会でした。

11/11(日)までの会期なのに今更のご紹介になってしまいましたが、美しい仏像を堪能できる良いチャンスです。ぜひどうぞ!

それでは!

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