【福岡の古墳と史跡(その1)】飯塚市歴史資料館・立岩遺跡・寺山古墳

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昨年5月に九州の福岡へ行ってきました。もう半年以上前のことなので記事にするのもどうかと思っていたのですが、昨今のひそかな古墳ブーム(?)もあり、もしかしたらこんな情報でも何かのお役に立つかもと思い公開することに。この旅のそもそもの目的は北九州市小倉にある漫画ミュージアムで「萩尾望都SF原画展」と「木原敏江原画展」を見に行くことでした。でもせっかく古墳王国福岡に行くのだったら、小倉から日帰り出来る範囲で史跡めぐりをしようと思い立ったのです。

飯塚市歴史資料館

まずは小倉駅から列車を乗り継いで1時間ちょっとのところにある新飯塚駅へ。駅近くにある飯塚市歴史資料館が最初の目的地です。飯塚市にはおおよそ2000年前頃の弥生時代の遺跡が多数見つかっています。それらを総称して立石遺跡群といい、とくにその中で中心をなすのが立石堀田遺跡で、1963年(昭和38年)には40以上の甕(かめ)棺墓の埋葬遺跡が発掘されました。また、前漢鏡・銅矛・鉄剣なども副葬され、さらにはゴホウラ貝の腕輪をした人骨も見つかっています。これらは1977年(昭和52年)に国の重要文化財に指定され、現在は飯塚市歴史資料館にて展示されています。

※甕棺というのは甕や壺を棺として埋葬するもので、佐賀県の吉野ケ里遺跡では3000基以上が確認されています。九州北部では弥生時代前期~中期に全盛期を迎えています。

資料館の入口。

残念ながら中は撮影禁止なので、資料館のパンフレットの画像をお借りしました。中はこんな感じで展示物が充実しています。重要文化財はさすがにガラスケースに入っていますが、それ以外の甕棺や土器などはそれこそ間近にみることができます。

これは34号カメ棺と人骨。30歳前後の男性で、右腕にゴホウラの貝輪を14個、腹部に鉄戈、頭の左側に前漢鏡が副葬されています。(上の画像の拡大図)
ゴホウラ貝は現在でも奄美大島以南でしか採れないため、南の島との交易があったことを物語っています。そうした貴重な副葬品があったということは、この34号甕棺の男性は地域のリーダー層であったのかもしれません。

資料館の庭には古墳の石室がありました。「カクメ石古墳石室」は1995年(平成7年)に移築されたもので、もとは直径15mの円墳にあったものです。ちょうど竪穴式石室から横穴式石室への過渡期にあたり、構造的には竪穴系横口式石室と呼ばれているそうです。

こちらが石室の入口。だれでも見学できるようになっています。

内部をのぞいたところ。約1500年前の豪族の墓と考えられており、壁には赤色顔料が塗られています。いまでもところどころ赤い部分が残っています。盗掘にあったようで、副葬品は出ていないそうですが、墳丘の周りからは円塔埴輪や須恵器が出土しています。

このほかに、埴輪や箱式石棺、画像は無いですが家形石棺も展示されていました。
 

立岩・堀田甕棺(かめかん)遺跡

飯塚市歴史資料館を出て、立岩遺跡へと行きます。まだ5月もGWが終わったばかりだというのに、いきなり気温30度という炎天下となり、帽子+日傘という二重防備で歩いていました(^^; 雨よりはいいですが、できれば曇ってほしかった・・・。

立岩・堀田甕棺遺跡は、資料館から徒歩20分ほどでしょうか。いまいちわかりにくくて、googleマップを見ながら住宅街をうろうろしてしまいました。そしてやっとたどり着いたのがこちら。説明板がなければ見落としそうです(^^ゞ

階段の上を登ってたところ。遺跡はすべて埋め戻されているのでしょう。そこそこ手入れされているようですが、木が茂っているだけの場所でした。

かろうじて、立岩遺跡と書かれた石碑がここに遺跡があったことを教えてくれます。古代の立岩は石包丁の産地・製造としても有名で、遺跡の周辺からも未完成の石包丁が多数出土しています。この石包丁は福岡県内のみならず、大分や佐賀にも分布しており、重要な交易品であったことが推測されます。

遺跡は小高い場所になっているため、なかなか良い眺めです。

寺山古墳

立岩遺跡からさらに10分ちょっと歩いたところにある寺山古墳へと行きます。1500年ほど前に、飯塚地方を支配していた豪族の墓といわれており、全長68mの遠賀川流域で最大級の前方後円墳です。

前方部側に説明板があり、なんとかここが古墳であることがわかりますが、木が生い茂りすぎて全体像がつかめません。

前方部をぐるりと回ってみると中を登れそうな道がありました。

少し登るとお墓があり、その奥にさらに道がありましたが、ほとんど獣道といった感じです。これ以上行けるかどうかわからないためここで引き返しました。後で調べたら、この道を行くことは出来るようです。ただしなかなかの急斜面と草をかき分けて・・・みたいです。

遠景からみた寺山古墳の前方部。古墳からは円筒埴輪・朝顔型埴輪、人物や馬やゆきや楯などの埴輪も出土しました。石室は盗掘にあっていましたが副葬品の一部が見つかっています。ただ、それらが現在どこに保管されているのかは不明です。大きな古墳なので出来ればもう少し情報が欲しいところです。

さて、ここまでの経路はこんな感じです。歴史資料館から寺山古墳まで32分となっていますが、暑さのため休み休みだらだら歩いていたので、実際にはもっとかかっています。

この後は川島古墳公園まで行き、ひと休みしてから浦田駅へ向かいます。

(その2)につづく。

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